占い師 アイビー茜さんインタビュー

50周年、本当におめでとうございます。50年ってすごく長いと思います。私がバンタンデザイン研究所に在籍していた頃、先生からバンタンは昔から勢いがあったということを聞いたことがあって、50年も前の日本にそんな学校があったんだと、とても驚いたことを覚えています。

私は大学を出てからバンタンに入学したんですけど、バンタン自体は高校生の頃からファッション雑誌の広告で知っていて、パンフレットを取り寄せたこともありました。高校卒業後にバンタンに入学することも考えたのですが、親に大学を勧められたこともあってそのときは4年制大学への進学を決めました。それから数年後、就職活動を始めた頃に、自分が本当にやりたいことが何かを考えるうちに、“やっぱりデザインがやりたいなぁ”と思って改めて親に相談してバンタンに通わせてもらいました。2009年のことです。
私は、自分がなにか行動を起こすときに販促物は自分で作りたいという思いもあって、専攻はグラフィックデザイン学科にしました。細かい作業よりも概念を作るほうが向いていると思っていたので、将来的にはアートディレクターになりたいと考えるようになっていたんです。

私が高校生の頃のバンタンは、都会の若者たちが集まっていてカッコイイというイメージで、バンタンってたぶん、田舎の子ほど憧れるんじゃないかなぁって思います。特に私の通っていた高校は校則がすごく厳しかったのでより鮮やかに見えていたのかもしれません。バンタンに入学して率直に思ったのはクリエイティブな業界は厳しいということ。本当の意味で成功する人はほんの一握りで、日々真剣に取り組まないと就職すらままならなくて、友達の中にはフリーターになる子もいました。
それだけに、バンタンでの日々はとても楽しかったと同時にとても辛かったですね。コンペで友達と競うことが多かったので精神的にも追い詰められることもありました。また同時に自分という人間をどう表現するのかを問われた時期でもありました。今思えば、フリーランスの素地はこの頃に作られたんだと思います(笑)。

バンタンを卒業する頃、私は内定いただいているデザイン会社があったんですけど、卒業直後に突然その内定を取り消されてしまったんです。その時に「あぁ、私は就職に縁がない人生なんだ」と自己解釈したのがきっかけとなって占いの世界に進むことにしました。占いは7歳の頃からタロットを中心にしていましたし、バンタンでグラフィックデザインを学んでいたので、名刺もすぐに作れる、WEBの制作ディレクションもできる、ということでそこからはすんなりと決めて進んでいくことができました。

占いってアンダーグラウンドで暗いものっていう印象があると思うんですけど、私はそれをデザインも活用しながら払拭したいと思っています。私は占いとデザインの親和性は非常に高いと考えているんです。また私は、占いとは別に音楽ユニットをやっているので、例えば、占いフェスのようなオープンなイベントを開催して、そこで占いを活用する場を作っていきたいと思っています。その結果、カッコイイ占い師が増えて占いを使えることがカッコイイって思ってくれる世の中になってくれると嬉しいですね。

これからクリエイティブ分野を目指す人達には、たくさんの情報を見聞きししたり、たくさんの人の価値観に触れてみて欲しいです。
ミツバチって色んな花から花粉を取ってくるんですけど、実はミツバチって一生で集められる蜜ってティースプーン一杯だけなんだそうです。その一杯のために最高の一滴を得る。そのためにたくさんの情報を見聞きして判断できる状況をつくっておくことが重要だと思います。スピードの早い遅いではなく、たくさんの情報の中から正しい判断をすることが重要です。
人間の持っている最大の能力は、限定できることだと思います。私はこれで行く!と限定する能力。だからある程度情報を集めて整理したら、自分がやりたいことに根を下ろす覚悟も重要です。私の場合はそれが占いでしたが、バンタンに通うみなさんも自分がこれだ!と思える道を見つけられるように頑張ってください!